宇宙から月へと着陸するSLIMから放出され、レゴリス(月の砂)が広がる月面に着地。球体からふたつの車輪をもった月面ロボットへガシャっと左右に拡張変形し、外殻を車輪として両輪をうまく操り走行しながらSLIM探査機やその周辺の写真を撮影する──。
これが、「SORA-Q(ソラキュー)」の愛称で知られる超小型の変形型月面ロボットに課せられた使命だ。2023年夏に打ち上げられた小型月着陸実証機「SLIM(Smart Lander for Investigating Moon)」に搭載されたSORA-Qは、24年1月20日の着陸を目指して宇宙を旅している。
その名前の響きや「変形」という言葉でピンと来た人もいるかもしれない。宇宙航空研究開発機構(JAXA)らと共にこのロボットを開発したのは、玩具メーカーのタカラトミーだ。変形ロボット「トランスフォーマー」、恐竜や動物をモチーフとした駆動玩具「ゾイド」などで知られる同社は、手のひらサイズの月面ロボットに長年の玩具づくりのノウハウを詰め込んだだけでなく、宇宙に行くSORA-Qと同じ大きさ、同じ変形、同じ動きを備えた一般家庭向けの1分の1スケールモデルも開発した。
始まりは「昆虫ロボット」の開発
「昆虫型ロボットの開発を目指すJAXAの研究提案募集(RFP)に応募したことがすべての始まりでした」と話すのは、タカラトミーでSORA-Qプロジェクトを担当している石井孝典だ。JAXAは企業などとのコラボレーションで宇宙探査にまつわるさまざまな研究に取り組む「宇宙探査イノベーションハブ」を15年に立ち上げていた。そのプロジェクトのひとつとして、昆虫ロボットの研究開発のアイデアを募集していたのだ。
「昆虫ロボットと聞いて『わたしたちも宇宙に貢献できるんじゃないか』とアイデアを提案したんです。『ゾイド』シリーズには昆虫をモチーフにしたものもありました。わたしたちはこれまでも外部との共創によって最先端の技術を取り入れ、将来的な商品開発に生かす取り組みを続けてきました。その意味で、タカラトミーとしてもJAXAとなら何か面白いものをつくれそうだと思ったんです」と、石井は語る。
「ゾイド」シリーズは、恐竜や動物をモチーフとした“メカ生命体”がコンセプトの玩具。ゼンマイやモーターによって、生き物のような動きを実現している。この小型駆動に関する知見がSORA-Qの開発にも生かされている。16年にJAXAとの共同研究が始まり、19年にはコンピューターやカメラの開発を担うソニーグループが、21年には同志社大学がプロジェクトに加わっている。
「トランスフォーマー」の変形を宇宙で
研究で課題となったのは、「重量300g/大きさ80mm以下」という条件を満たしながら月面を移動できるロボットをどうつくるかだ。月の重力は地球の6分の1。地面には凹凸が多いうえ、その表面は非常に細かい砂で覆われているので通常の車輪だとスタックしてしまう。加えて、SORA-Qが搭載されるSLIMは傾斜地に着陸予定と、難しい要素が揃っていた。
そこで考案されたのが、球体の状態で運んで月面に着地後、月面で変形させるという仕組みだ。天地のあるロボットとは違い、球体であれば着地時の姿勢は問われない。
さらに、SORA-Qは着地後に左右に割れるように拡張変形し、外殻部を車輪のように回転させることで移動する。そのインスピレーションとなったのは、「トランスフォーマー」シリーズで培った知見だ。
2024年で発売40周年を迎える「トランスフォーマー」は、乗物などからロボットへと姿を変える変形玩具。宇宙を舞台にしたロボット生命体による抗争というコンセプトも人気を博し、アニメーションやコミック、映画も展開されている。SORA-Qにも、その変形機構に関するノウハウが生かされている。
おもちゃと宇宙事業のマインドセットに共通点
また、SORA-Qは月面で「バタフライ走行」と「クロール走行」というふたつの走行方法をとれるようにつくられている。前者は車輪が左右対称に動く走行方法で、後者は左右が交互に動く走り方だ。
これが可能なのは、中心軸をずらした「偏心軸」を採用しているからだ。ふたつの走行方法を使い分けることにより、砂が多い場所や最大30度の傾斜地でも移動できるようになっている。ここにはゾイドで培われた技が生かされた。四足歩行の動物が上下に揺れながら移動する動きが、ゾイドでは偏心軸によって再現されているからだ。
ほかにも、部品を少なくするために、外殻と車輪のように通常であれば複数の部品に分割して制作する部品をひとつにしたり、部品数を少なくすることで使うねじの数を減らしたりなど、コストやサイズ、重量に関する工夫も多く凝らされている。
タカラトミーにそれができたのは、おもちゃづくりに必要となるマインドセットと、宇宙事業に必要なマインドセットに共通点があったからだと、SORA-Qの開発担当者のひとりである米田陽亮は語る。「おもちゃの開発において重要なのは『柔軟な発想』と『多くの人の手に届きやすい低価格の実現』です。これが小型化や軽量化、シンプルな設計といった宇宙事業において求められる要素と合致したんです」
もう一度、宇宙に夢を見てほしい
タカラトミーは、宇宙に行く「SORA-Q」の1/1スケールモデルである「SORA-Q Flagship Model」を一般向けに発売した。専用のアプリを使って操作でき、本体に内蔵されたカメラを使って写真を撮影したり、拡張現実(AR)機能を使ってアプリから出される指令をクリアしていく月面探査の疑似体験をしたりして楽しめる。
タカラトミーは一般向けに本物と同じ大きさ、変形、動きを再現した1/1スケールモデルを発売し、宇宙が子どもにとって縁遠いものになりつつあるなかで宇宙の面白さを知ってもらうきっかけにしてもらいたいという。
「大人世代には『宇宙はわくわくする場所』というイメージがあると思うのですが、子どもにアンケートをとってみると『なんとも思わない』という回答が上位に上がるんです」と石井は言う。「SORA-Qを通じて宇宙という場所に夢を見てほしいというのが、わたしたちの願いです」
実際にタカラトミーが全国で実施しているワークショップで、「これと同じものが宇宙に行くんだよ」「トランスフォーマーと同じ技術が使われているんだよ」といった声がけをすると、子どもからは歓声や質問が返ってくるのだという。「それまで宇宙に興味がなかった子どもからその反応を引き出すのがどれだけ大変なことかと考えると、おもちゃの力を感じます」と石井は語る。
「宇宙(ソラ)にQ(クエスチョン、クエスト)を」という名前の由来の通り、SORA-Qはおもちゃづくりの英知と子どもたちの探究心を乗せて月に向かっているのだ。
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からの記事と詳細 ( おもちゃの技術を月面ロボットに:超小型の変形型月面ロボット「SORA-Q」に詰め込まれた夢と英知 - WIRED.jp )
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