
北海道旭川市中心部の商店街「平和通買物公園」で、70年以上続いた「オモチャのたもちゃん」が今年3月に閉店する。店内には、製造時期すら不明の古いお面から新作ゲームまで、数千種類が所狭しと並び、親子3代にわたるなじみ客も多い。昨年末、主人の金子保さんを亡くし、一人店を守る妻・影子さん(88)は「人通りも減り、お父さんも亡くなった。今が閉店のタイミングかな」としみじみと語った。
開店は1948年。元々は、保さんの実家の料亭で、お土産用におもちゃを売り始めたのがきっかけだった。軍都として栄えていた町は、戦地から引き揚げた兵士らでにぎわい、料亭もおもちゃの販売も大繁盛したという。
56年、当時市内では珍しい鉄筋製の店に建て直し、おもちゃ専門店に切り替えた。翌57年、函館のおもちゃ屋で育った影子さんが嫁いできた。影子さんは往事の保さんについて「記憶力がすごかった。おもちゃの値段や個数を全部覚えていて、メモもしないの」と振り返る。
当時、通り沿いに8軒のおもちゃ屋が並び、にぎわいを見せた。50~60年代には、フラフープや、腕に巻いて歩ける「ダッコちゃん」が流行。80年代後半には、家庭用ゲーム機「ファミリーコンピュータ(ファミコン)」の「ドラゴンクエスト」が大ブームを巻き起こした。発売日の朝、影子さんが店に着くと、100メートル以上の行列ができていたといい、「朝から晩まで販売して、1000本以上が売れたねえ」と当時を懐かしむ。
その後、市郊外へ大型店の進出が続くに連れ買物公園の人通りは減少をたどった。おもちゃ屋も1軒になり「そろそろ閉店かな」はいつしか夫婦の口癖になった。
昨年、新型コロナウイルスの影響で人出が減少。12月には保さんも亡くなった。高齢で体が動かなくなった影子さんは潮時と思い、閉店を決めた。
今は、閉店を知ったかつての常連客らが押し寄せる。開封されていない古いおもちゃを求めて、道外からもマニアが訪れるという。影子さんは「3月までにおもちゃがなくなるんじゃないか」とおどけ、「お客さんのおかげでここまでやってきた。閉店するまではがんばらなきゃね」と力強く前を向いた。
からの記事と詳細 ( 親子3代で愛された町のおもちゃ屋、70年の歴史に幕…コロナも追い打ち「潮時かな」 - 読売新聞 )
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